余錄翻譯 - 1972年5月,冷戰下的美俄兩國建立了核武管理制度...

Posted by Peter on March 22, 2022

譯文

1972年5月,冷戰下的美俄兩國建立了核武管理制度。訪問莫斯科的美國總統尼克森與共產黨書記長布里茲涅夫共同簽署了戰略兵器限制條約,用於限制遠距離核導彈的持有數量。

同一時間簽署的反彈道飛彈(ABM)條約也將導彈的設置場所限於2處,首要的考量是平均分配核武戰力、並防止核戰爭。雙方相敬如賓的畫面給世界帶來了「緩和政策」和平印象。

經濟層面也達成了共識,美國百事公司在美國獨家代理了稱作蘇聯紅的伏特加,相對地,百事公司也在蘇聯建設工廠,締結了專賣百事可樂的契約。「伏特加&可樂」為名的調酒成了人氣商品,並在東西方的交流之中佔有一席之地。

而這樣的友情的證明在五十年後的今天,變作為敵對的象徵。為了對抗俄軍侵烏,百事公司停止了可樂在俄羅斯的販售,美國也禁止了從俄羅斯來的伏特加的輸入,這些舉動令俄羅斯嘆息。

緩和政策的核心在於美蘇兩國對於經濟利益的追求,國際勞動組織的李文森在1978年在他的「伏特加=可樂」一書論述「任何事情都無法保障世界和平」。

限制核武的煞車如今正在失靈,ABM限制條約因為美國脫離的關係已在20年前失效,如今普丁總統公然將核武威脅掛於嘴邊,以核武作為談判手段的風險,不能視而不見。

原文

冷戦下の米ソが初めて核管理体制を確立したのは…

 冷戦下の米ソが初めて核管理体制を確立したのは1972年5月だった。モスクワを訪問したニクソン米大統領がブレジネフ共産党書記長と長距離核ミサイルの保有数に歯止めをかける戦略兵器制限条約に署名した

▲同時に調印した弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約は配備場所を各2カ所に限定した。核戦力を均衡させて核戦争を防ぐという考えが根底にある。笑顔で祝杯をあげる光景は世界に「デタント」(緊張緩和)の到来を印象付けた

▲経済でも手を握った。米ペプシコが米国でウオッカのストリチナヤを独占販売する代わりに、ソ連に工場を建設してペプシコーラを専売する契約を結んだ。「ウオッカ&コーラ」の名のカクテルが人気となり、東西交流に一役買った

▲友情の証しは50年後の今春、敵対のシンボルへと一変した。ウクライナ侵攻に対抗して同社はロシアでのペプシコーラの販売を停止し、ロシアからのウオッカ輸入を米国が禁止した。ロシアでは惜しむ声があるという

▲デタントの核心は米ソの経済利益の追求にあり「世界の平和にとって何の保証にもならない」と国際労組の論客レビンソン氏が著書「ウオッカ=コーラ」で論じたのは78年のことだ。今や世界平和だけでなく経済利益も途絶えた米露の緊張である

▲核の歯止めは既に緩んでいる。ABM制限条約は米国の離脱で20年前に失効し、プーチン露大統領は公然と核の脅しを口にする。核使用のリスクが現実味を持って語られる状況を放置してはならない。

大綱 あらすじ

元々冷戦の下で築かれた核管理体制が戦争の原因で破る可能性があり、それとともに、冷戦の下で米とソ連がようやくデタントへ進んでいて、経済など色々な事情を交わした。が、また戦争で互いの信用が破り、ペプシコーラやウォッカなどの貿易も停止し、事情が冷戦時に戻り返したのではないだろうか。

單字 単語

論客 ろんきゃく / 労組 ろうくみ

  • 歯止め(はどめ):事態の進行を抑えとどめる働きをするもの。「インフレに―をかける」「欲望の―がきかなくなる」→歯止めをかける

  • 一役買う(ひとやくかう):一つの仕事の中で、ある役割を進んで引き受ける。「新党結成に―・う」

  • 調印(ちょういん):条約・協定などの内容が確定したとき、それに関係する当事国の代表者がその公文書に署名すること。「平和条約に―する」